高松高等裁判所 昭和43年(ラ)1号 決定 1969年1月27日
抗告人
破産者飯山威慶破産管理人
梅田鶴吉
主文
原決定を取消す。
本件競落はこれを許さない。
理由
本件抗告の趣旨は、
原決定を取消すとの裁判を求める
というのであり、
抗告の理由は、
別紙目録甲の不動産について昭和四二年一二月一一日競売期日が開かれ同月一五日の競落期日において競落許可決定があつたのであるが、右競売期日の公告には、右不動産について荒野寿、粟飯原広純、山本悦雄との間に賃貸借関係ありと記載されているところ、右不動産中第二の物件については当初より賃貸借関係はなく(登記もない)、第一の物件については従前は右荒野寿外二名との間に賃貸借関係があつたが、昭和四二年一〇月一五日右賃貸権の譲受人である件外蔦興業株式会社に対する賃貸借解除の判決が確定して、前記の競売期日当時においては両物件とも賃貸借関係は存在せざるに至つていたものである。そうすると本件競売期日の公告は目的不動産に賃貸借がないのにこれありと記載した誤りがあり、民事訟訴法第六七二条第四号第六五八条第三号に違反するから、本件競落は許されるべきではなく、原決定は失当である
というのである。
よつて一件記録を検討すると、別紙目録甲の不動産中第一の物件は破産者飯山威慶の所有、第二の物件は件外飯山重男の所有で共同担保となつている物件であるが、昭和四二年一二月一一日の競売期日において競売に付され(第一の(1)(2)は一括競売)、件外岡本昌二において最高価競買の申出をなし、同月一五日の競落期日において競落許可決定が言渡されたこと、右競売期日及び競落期日の公告(昭和四二年一〇月一二日付のもの)は、徳島地方裁判所掲示場に同年同月一六日、徳島市役所掲示場に同月一七日、それぞれ掲示されたが、競売の目的たる別紙目録甲の不動産には賃貸借関係があつてその内容は、「契約年月日昭和三九年一二月二二日、賃借人荒野寿、粟飯原広純、山本悦雄、賃料一ケ月二万三、〇〇〇円、支払期毎月末日、期限契約の時より三ケ年間」である旨記載されていたこと、ところで右不動産中第一の(1)の物件は、昭和三九年一二月二三日荒野寿、粟飯原広純、山本悦雄に対し、賃料月金一万円、支払期毎月末日、存続期間三年、特約として譲渡、転貸ができる約で賃貸され、また第一の(2)の物件は、右同日粟飯原広純に対し、賃料月金三、〇〇〇円、その他は前同様の約で賃貸されその旨登記されたが、第二の物件は賃貸されなかつたこと、第一の物件についての賃貸権は昭和四〇年四月二八日件外中村一雄に、同年一一月二五日蔦興業株式会社に、順次譲渡されその旨登記されたが、賃貸借解除の訴が提起され、昭和四二年一〇月一五日解除の判決が確定し、同年一二月六日賃借権設定登記の抹消登記が経由されたこと、以上の事実を認めることができる。執行吏の賃貸借取調報告書には右認定に反し、第二の物件も賃貸の目的となつていた旨、賃料は別紙目録甲および乙の物件全部で月金二万三、〇〇〇円である旨および賃借人は物件全部について荒野寿、粟飯原広純、山本悦雄である旨の記載があるが、この記載は甲乙各物件に対する登記簿謄本の賃借人、賃料の具体的な記載に照らして信用し難く、他に右認定と相容れぬ資料はない。右認定の事実によると、本件競売期日当時においては別紙目録甲の第二物件についてはもとより第一物件についても賃貸借関係は存在しなかつたといわなければならず、本件競売期日の公告は賃貸借関係がないのにこれありと表示した誤りがあることに帰する。
ところで、競売法第二九条によつて任意競売に準用される民事訴訟法第六五八条第三号は、競売期日の公告には「賃貸借アル場合ニ於テハ其期限並ニ借賃及ヒ借賃ノ前払又ハ敷金ノ差入アルトキハ其額」を記載すべきことを命じており、同法第六七二条第四号第六八一条(競売法第三二条によつて任意競売に準用される)は、公告に賃貸借関係の記載を欠いた場合は、競落許可に対する異議理由あるいは競落許可決定に対する抗告理由となる旨を定めているのであるが、これとは逆に賃貸借関係がないのにこれありとして公告した場合については直接に定めるところがない。しかし、前記の規定は要するに賃貸借の存否等はその不動産の実質的価値、利用方法に影響するところが多く、一般人がその不動産の競売に参加するかどうかまたいくばくの代価で買受を申出るかを決意するについて重要な関係のある事柄であるところから、これを広く一般に了知させ、以て競買申出に齟齬を来たさないよう配慮したものであると考えられる。そうだとすると、賃貸借が存在しないのに存在すると表示した公告も法の所期する目的に背馳するもので違法たるを免れないというべく、かかる違法な公告に基づいて開かれた競売期日における競落は民事訴訟法第六七二条第四号第六五八条第三号によつて不許可とされるべきであると解しなければならない。
もつとも本件の場合、執行裁判所が公告書を作成したと考えられる昭和四二年一〇月一二日当時においては第一の物件に対する賃貸借は未だ消滅していなかつたばかりか、その後においても裁判所は賃貸借の消滅を知る方法がなかつたと認められ、第一物件に関して前記のような公告が掲示場に掲示されたこと自体はやむを得なかつたと考えられるのであるが、前記のような法の趣旨から見れば、右のような事情であつたからといつて本件の公告を適法なものとすることはできないというべきである。
また<証拠>によれば、昭和四二年一二月一一日午前一〇時に開かれた本件競売期日には、本件の抗告人(弁護士)が在席していて、競買のため出頭した者一同に対し、第一物件についての昭和四二年一二月八日付登記官吏認証の謄本を示し、公告に記載してあつた賃貸借は解除の判決確定により消滅し賃貸借の登記もすでに抹消されている旨を説明し、高価買受を要望したので、一同は公告記載の賃貸借はすべて消滅したものと認識し、本件第一第二の不動産には賃貸借の負担がないとの前提の下に価額の申出をし、結局岡本昌二において第一の物件につき金二、〇〇六万円(最低競売価格は金一、五二九万四、二四〇円)、第二の物件につき金九三五万円(最低競売価格は金八一〇万円)の競買申出をして最高価競買人となつた事実を認めることができる。そうすると、本件公告の誤りは本件競売期日に出頭した者に対しては影響するところがなかつたというべきである。しかしながら、公告なるものは当日競売場に出頭した者のみを対象とするのでなくして社会の一般人を対象とするのであり、賃貸借のない不動産はそのような不動産であるとして広く一般に了知させることを目的とするのであるから、たまたま競売場に出頭した者に対する関係で誤りが是正されたとしても、公告の瑕疵は治癒されるものではないと解すべきである。
以上の次第であるから、本件競売期日の公告は違法たるを免れず、別紙目録甲の物件に対する競落は許可されるべきものではない。
よつて原決定を取消し、本件競落を許さない旨の宣言をすべきものとし、主文のとおり決定する。(橘盛行 今中道信 藤原弘道)